七転び八起き(ななころびやおき)とは、何度失敗してもくじけず立ち直ることを表すことわざです。英語では fall down seven times, stand up eight と訳されます。この記事では、意味と読み方、英語表現、数が合わない理由、達磨にまつわる由来、そして人生での活かし方までを解説します。
仕事で失敗が続いたとき、受験や就職でつまずいたとき、誰かが「七転び八起きだよ」と声をかけてくれた経験はないでしょうか。励ましとして広く使われる一方で、なぜ「七転び」なのに「八起き」と数が一つ合わないのか、不思議に思う人も多いはずです。この記事を読み終えるころには、その答えとともに、あなた自身がつまずいたときに思い出せる確かな支えが手に入ります。
七転び八起きの意味とは|ことわざの読み方と本来のニュアンス
七転び八起き(ななころびやおき)は、何度失敗してもくじけず、そのたびに立ち直って努力を続けることを表すことわざです。文字どおりには、七度転んでも八度起き上がるという形がもとになっています。
辞書の説明もこの理解と重なります。小学館の『デジタル大辞泉』では、七度転んで八度起き上がる意から、多くの失敗にもめげずそのたびに奮起して立ち直ること、と定義されています。そしてもう一つ、人生には浮き沈みが多いことのたとえ、という意味も併記されています。
ここで見落とされがちなのが後者の意味です。七転び八起きは、努力で困難を跳ね返す前向きな励ましとして使われることが多いものです。しかしもともとは、人の世は安定せず、落ち込むこともあれば浮かび上がることもある、という人生観も含んだことわざでした。古い用例として知られるのが、江戸時代前期の遊女評判記『吉原人たばね』です。国文学研究資料館の書誌情報では、延宝八年(1680年)頃の刊行とされています。失敗を打ち負かす根性論というより、浮き沈みは人生について回るものだという落ち着いた受け止め方が、早い段階からこの言葉に含まれていたことがうかがえます。
七転び八起きを英語で言うと
七転び八起きは海外でもよく知られた日本のことわざで、定番の英訳がいくつかあります。
最も一般的なのは fall down seven times, stand up eight(七度倒れて、八度立ち上がる)です。fall seven times, get up eight とも言い、いずれも原文の数をそのまま生かした直訳です。日本語の構造がそのまま伝わるため、ことわざの紹介としてはこの形がよく使われます。
意味を重視して訳すなら、Never give up(決して諦めない)が近い表現です。スポーツや日常会話で使いやすく、励ましの言葉として自然です。また、If at first you don’t succeed, try, try again(最初にうまくいかなくても、何度でも挑戦せよ)という英語のことわざも、立ち直って挑み続けるという点で七転び八起きと重なります。
直訳の fall down seven times, stand up eight は、英語圏でも resilience(回復力、立ち直る力)を象徴する言葉として親しまれています。座右の銘やタトゥーの文言として選ばれることもあり、日本語の精神性が国境を越えて受け入れられている例だといえます。
七転び八起きはなぜ数が合わずおかしいのか
このことわざで多くの人が引っかかるのが、数の不一致です。七回転んだなら、起き上がるのも七回で足りるはずではないか、数がおかしいのではないか、という疑問です。これにはいくつかの説得力ある解釈があります。
一つは、最初に立っていた状態を「一起き目」と数える見方です。人は生まれた時点で、すでに誰かに起こしてもらって立っています。つまり最初の一回は自分の力ではなく、与えられた立ち上がりだったという考え方です。この見方に立つと、七転び八起きは、自分は最初から助けられて立たせてもらった存在なのだという謙虚さを含んだ言葉になります。
もう一つは、数を厳密な回数として捉えず、立ち上がる力のほうを一つ多く置いた表現とみる見方です。七も八も、ここでは正確な回数というより「何度も」を表す象徴的な数字として働いています。転んだ回数より起きた回数を一つ多くすることで、失敗よりも立ち上がる力を前に出す。最後は必ず起き上がって終わる、という結末を言葉の構造そのものに込めているわけです。整理すると、次のような関係になります。
転び(7回)<起き(8回)
- 失敗の数より、立ち上がる数が一つ多い
- だから物語は常に「起きた状態」で終わる構造になっている
加えて、日本では古くから七と八は縁起のよい数とされてきました。とりわけ八は、漢字の形が下に向かって広がる「末広がり」であることから、繁栄や成功を呼ぶ数として好まれてきました。最後の数を八で締めくくることには、これから先がひらけていくという願いも重ねられています。数が合わずおかしいように見えるのは間違いではなく、むしろ意図された設計だと考えると、この言葉の奥行きが見えてきます。
七転び八起きの由来|達磨との関係は本当か
七転び八起きは、仏教に由来するとされる言葉です。その背景には、禅宗の祖とされる達磨大師(だるまだいし)の存在が広く関連づけられています。
室町時代に中国から「起き上がり小法師(おきあがりこぼし)」という、倒してもすぐに起き上がる人形が日本に伝わりました。これが江戸時代になると、達磨大師をかたどった人形、つまり今もよく知られる「だるま」の形になっていきます。倒しても倒しても起き上がってくるその姿が、不屈の精神を持っていた達磨大師に重ね合わされ、七転び八起きという言葉に結びついていったと考えられています。ただし、達磨との関連は後の時代に語られるようになった説明とみられ、言葉の起源を直接たどれる確かな記録があるわけではありません。
達磨大師には、壁に向かって九年間も座禅を続けたという「面壁九年(めんぺきくねん)」の逸話があります。揺らがず、諦めず、何があってもどっしりと構える。その姿勢が、転んでもすぐ起き上がるだるまの形と結びつき、このことわざの精神的なイメージを支えています。受験や開運の願掛けにだるまが使われるのも、この背景を知ると腑に落ちます。
七転び八起きと七転八倒の違い
七転び八起きには、字面が似ていて混同されやすい言葉があります。読者の関心も高いので、ここで整理しておきます。
| 言葉 | 主な意味・ニュアンス | 使い方のポイント |
|---|---|---|
| 七転び八起き / 七転八起 | 何度失敗してもくじけず立ち直ること | 前向きな励ましや、座右の銘に最適 |
| 七転八倒 | 苦しみのあまり転げ回ること、激しい苦痛 | もがき苦しむ状態を表す |
七転び八起きと並んで使われる四字熟語の七転八起(しちてんはっき)は、七転び八起きを四字熟語にした表現で、意味はほぼ同じです。一方の七転八倒(しちてんばっとう)は、同じ「七転」で始まり字面が似ているため混同されがちですが、意味はまったく異なります。七転び八起きが立ち上がる力を語る前向きな言葉であるのに対し、七転八倒は苦痛そのものを表す言葉で、むしろ対照的です。励ましのつもりで取り違えると意味が通らなくなるので、区別しておきましょう。なお、近い精神を持つ類義語には、失敗は成功のもと、捲土重来(けんどちょうらい)などがあります。
七転び八起きを人生にどう活かすか
ことわざの本当の価値は、自分の生き方に組み込めたときに生まれます。先人がこの短い言葉に詰め込んだ知恵を、現代の暮らしで使えるように整理します。
立ち上がりまでをワンセットと捉える
七転び八起きが教える最も大きなことは、失敗を立ち上がるまでの一過程として捉える視点です。多くの人は、転んだ瞬間にそれを終わりと受け止めてしまいます。しかしこの言葉は、転ぶことと起きることをひと続きで語っています。仕事で企画が通らなかった、試験に落ちた。そのとき「失敗した」で止めず、「これは何回目の転びだろう」と数えてみると効果的です。失敗が終着点から途中の一コマに変わります。最後は必ず起きて終わる、という前提を持っておくことが、立ち直りの速さを左右します。
起き上がるたびに学びを一つ足す
ただ闇雲に立ち上がるだけでは、同じ転び方を繰り返します。新宿中村屋の創業者である相馬愛蔵は、その著書『私の小売商道』(1952年)のなかで、七転び八起きということは、実に小僧上がりの商人の常態である、と書いています。叩き上げの商人にとって、失敗と再起を繰り返すことはむしろ日常だというのです。ここから学べるのは、転ぶこと自体は珍しくも恥でもないという視点です。起き上がるたびに、なぜ転んだのかを一つだけ振り返り、次に活かす。これを続けると、八回目に立ち上がったあなたは、最初に立っていたときとは別人になっています。立ち上がりを単なる復帰ではなく、上昇の機会に変えられます。
浮き沈みを人生のリズムとして受け入れる
七転び八起きには、人生には浮き沈みが多いというもう一つの意味がありました。これは現代を生きる私たちの心を、意外なほど軽くしてくれます。好調がずっと続くわけでも、不調がずっと続くわけでもありません。沈むのは異常事態ではなく、人生に織り込み済みのリズムなのだと先人は見抜いていました。今がつらいなら、八起きの前の七転び目かもしれないと捉えられます。今が順調なら、いつか来る転びに備えて足元を固める時期かもしれません。
まとめ
七転び八起きは、何度失敗してもくじけず立ち直ることを表すと同時に、人生の浮き沈みそのものを見つめた奥行きのあることわざです。倒れてもすぐ起き上がるだるまの姿、九年間壁に向かい続けた達磨大師の不屈の精神。そこから受け継がれてきたのは、失敗を立ち上がりまでの一過程と捉え、起き上がるたびに学びを足し、浮き沈みを人生の自然なリズムとして受け入れる生き方です。
次にあなたがつまずいたとき、これは何回目の転びだろうと数えてみてください。最後は必ず起き上がって終わる、とこの言葉が約束してくれています。
参考文献
小学館国語辞典編集部編『デジタル大辞泉』小学館。
相馬愛蔵『私の小売商道』高風館、1952年(国立国会図書館蔵、青空文庫所収)。
『七転び八起き』フリー百科事典ウィキペディア日本語版。