死生観とは?意味をわかりやすく解説|「どう死ぬか」だけでなく「どう生きるか」を考えること

死生観(しせいかん)とは、生きることと死ぬことをどう捉えるかという、その人なりの考え方です。

デジタル大辞泉では、「生きることと死ぬことについて、判断や行為の基盤となる考え方。生と死に対する見方」と説明されています。

ただし、死生観は「死んだらどうなると思うか」という死後についての考えだけではありません。

「できるだけ長く生きたいのか」「人生の長さだけでなく、自分らしく過ごせることを大切にしたいのか」「限りのある時間を何に使いたいのか」。こうした生きている今の選択や優先順位にも関わる考え方です。

死生観を考えることは、死について答えを出すことというより、死を含めて自分の人生をどう捉えるかを考えることだといえるでしょう。

目次

死生観には何が含まれる?具体例で考える

死生観という言葉は少し抽象的ですが、私たちの日常に置き換えてみると理解しやすくなります。

問い死生観に表れるもの
死をどのようなものだと考えるか人生の終わり、自然な過程、死後も何らかの形で続くものなど
人生で何を大切にしたいか家族、仕事、自由、経験、人とのつながりなど
長く生きることをどこまで重視するか寿命と生活の質をどう考えるか
人生の最期をどう過ごしたいか場所、医療やケア、誰と過ごしたいかなど
自分が亡くなったあとのことをどう考えるか家族、記憶、死後についての考えなど

たとえば、「死後の世界については分からないので考えない」という人にも死生観はあります。「いつか死ぬから、できるうちにやりたいことをやっておきたい」という考え方にも、その人なりの死生観が表れています。

壮大な哲学や宗教観を持っていることが、死生観を持つという意味ではありません。

人生観・価値観との違い

人生観や価値観と死生観には、はっきりした境界があるわけではありません。互いに重なり合っています。

ただ、区別して考えるなら、人生観は「人生をどのようなものと見て、どう生きたいか」という見方、価値観は「何を大切だと感じるか」という、より広い判断基準と考えると分かりやすいでしょう。

そのうえで死生観は、自分や他者の死、人生の有限性、人生の最期などを意識しながら、生き方を捉える考え方と整理できます。

たとえば「仕事で成功したい」は、価値観や人生観に関わる考えです。

そこから「人生には限りがある。仕事で成果を出すことと、家族と過ごす時間をどう両立させたいか」と考えるときには、死生観も関わってきます。

「死生観」と「生死観」は違う?

「生死観」という言葉もあります。

東京大学の死生学研究では、「生死(しょうじ)」は仏教に由来する、より長い歴史を持つ言葉である一方、現代では「生死観」より「死生観」のほうが広く用いられていると説明されています。ただし、なぜそのような使われ方になったのかについては、なお検討が必要ともされています。

そのため、一般的な文章では「死生観」と表現するのが自然です。一方、引用する資料や研究で「生死観」という表記が使われている場合は、その表記に合わせればよいでしょう。

死生観は何によって形づくられるのか

死生観は生まれたときから決まっているものではありません。

育った家庭、文化や宗教、身近な人との死別、自分自身や家族の病気、年齢、仕事、家族関係など、さまざまな経験が重なりながら形づくられていきます。

若いころには「できるだけ長く生きたい」と考えていた人が、年齢を重ねたり病気を経験したりして、「長さだけでなく、どのように過ごせるかも大切にしたい」と考えるようになることもあるでしょう。

身近な人を亡くした経験から、以前より家族との時間を大切にするようになる人もいます。

宗教や文化も「背景」の一つ

家族の中で死がどのように語られてきたか、葬儀や法要、墓参りなどにどう関わってきたか、身近な人をどのように見送ってきたか。こうした経験も、死への距離感に影響します。

死生観は個人が一人で作り上げるものでもないのです。

歴史的には宗教も大きな役割を果たしてきました。仏教やキリスト教をはじめ、さまざまな宗教や文化が、生と死をどう理解するかという問いに向き合ってきました。

東京大学の死生学研究でも、生命観や霊魂観だけでなく、葬送や追悼のあり方が、人々の感情や思考の枠組みに関わることが指摘されています。

ただし、「日本人ならこう考える」「この宗教ならこう考える」と一つにまとめることはできません。

文化や宗教はその人の死生観を決める答えではなく、家庭、経験、人間関係などとともに死生観を形づくる背景の一つと考えるのがよいでしょう。

死を考えると、人生の優先順位が見えやすくなる

普段の生活では、自分の人生に終わりがあることを強く意識する機会はそれほど多くありません。

時間がまだ十分にあると思っていれば、

  • 「いつかやろう」
  • 「そのうち会おう」
  • 「もう少し落ち着いたら始めよう」

と先送りできます。

ところが、人生に使える時間は無限ではないと考えると、「本当にこれは後回しでいいのだろうか」という別の問いが生まれます。

仕事をどこまで優先するのか。誰と時間を過ごしたいのか。やってみたいことをいつ始めるのか。何のためなら時間やお金を使いたいのか。

死を意識することによって、「何を捨てるか」ではなく「何を残したいか」が見えやすくなることがあります。

もちろん、死について深く考えれば必ず前向きになれるわけではありません。考えるほど怖くなったり、不安になったりすることもあります。

無理に答えを出したり、常に死を意識して生きたりする必要はありません。死生観は、必要なときに自分の生き方を見直すための一つの視点として持っておけば十分です。

医療・看護・介護で死生観が重要になる理由

死生観が特に現実的な意味を持つのが、医療や介護の場面です。

病気や老いによって、「何ができるか」だけではなく「本人が何を望んでいるか」が重要になることがあります。

どこで過ごしたいのか。どのような生活をできるだけ保ちたいのか。どのような医療やケアを望むのか。

医学的に可能な選択肢が複数ある場合でも、その人にとって何が望ましいかは、本人が大切にしてきたことや人生観、死生観によって変わり得ます。

人生会議(ACP)も、まず「何を大切にしたいか」から考える

厚生労働省が普及を進めている「人生会議(ACP:アドバンス・ケア・プランニング)」も、この問題と深く関わっています。

人生会議とは、自分が大切にしたいことや望む生き方、「もしものとき」にどのような医療やケアを望むかについて前もって考え、家族や信頼できる人、医療・ケアチームなどと話し合う取り組みです。

重要なのは最初から「延命治療をする・しない」といった結論を決めることではありません。元気なうちに人生の最期を決め切るためのものではないからです。

厚生労働省も、まず「自分が何を大切にしたいか」を考えること、話し合いに正解はないこと、気持ちは変わることがあるため何度でも繰り返し話し合うことを大切にしています。

人生会議は今の自分が大切にしていることや迷っていることを言葉にし、必要に応じて周囲の人と共有していく対話のプロセスです。病気や介護について具体的な判断が必要になった場合は、本人や家族だけで決めるのではなく、必要な情報や説明を受けながら医療・ケアチームと相談して考えていくことが大切です。

看護・介護で死生観について考えるとき

看護教育や実習では、生や死について自分なりに考える機会があります。また、面接などで死生観について問われた場合にも、自分の考えを整理しておくと答えやすくなります。

その際は、次の3点をつなげて考えると整理しやすいでしょう。

  1. 自分は生や死をどう考えているか
  2. その考えが患者・利用者との関わりにどうつながるか
  3. 自分と相手の死生観は同じとは限らないと理解しているか

たとえば、「私は、死も人生の一部だと考えています。そのうえで、何を大切にしたいかは一人ひとり異なるため、自分の考えを当てはめるのではなく、本人や家族の思いを理解しながら、その人らしい選択を支えたい」といった形です。

重要なのは「死は怖くない」と断言することではなく、自分なりに考えたうえで、他者には他者の死生観があると理解することです。

これは医療や介護に限りません。家族同士でも「できる限り治療してほしい」「苦痛を減らすことを優先してほしい」など考えが異なることがあります。大切なのは、どちらが正しいかを決めることではなく、「なぜそう考えるのか」「何を大切にしているのか」を知ることです。

自分の死生観を考える5つの問い

「あなたの死生観は何ですか」と突然聞かれても、すぐ答えられない人は少なくないでしょう。

死生観は、一つの完成した人生哲学として持っていなければならないものではありません。いきなり「死とは何か」と考えるより、身近な問いから始めるほうが自分の考えを整理しやすくなります。

問いそこから見えてくること
人生で最後まで大切にしたいものは何か自分の価値観
残された時間が短いと分かったら、何を優先したいか時間の使い方や優先順位
長く生きることと、自分らしく過ごすことをどう考えるか寿命や生活の質への考え
人生の最後に「しておきたい」と思うことは何か後回しにしている願いや関係
自分の希望を誰に知っておいてほしいか大切な人との関係や、意思を託したい相手

20歳のとき、家庭を持ったとき、大切な人を亡くしたとき、自分が病気になったときでは、同じ人でも死について感じることは変わります。死生観は、一度決めた答えを守り続けるものではなく、その時々の自分が生と死をどう捉えているかを映すものです。

「限りのある時間の中で、自分は何を最後まで大切にしたいのだろう」。

その問いを持ってみることが、自分の死生観を考える最初の一歩になるでしょう。


参考資料

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