クリティカルシンキングは、研修や会議、大学の授業などでよく耳にする言葉です。「物事を疑ってかかること」と説明されることが多いものの、それだけでは何をどこまで確かめればいいのかが分かりません。意味とロジカルシンキングとの違いを押さえたうえで、仕事や日常の判断で使える手順と練習方法を、具体例を使って紹介します。
クリティカルシンキングの意味
クリティカルシンキング(critical thinking)は、日本語では「批判的思考」と訳されます。国内の研究でよく参照される米国の教育哲学者ロバート・エニスの定義では、「何を信じ、何を行うかの決定に焦点を当てた、合理的で反省的な思考」とされています。ひらたく言えば、何かを信じたり決めたりする前に、その根拠と筋道を確かめる考え方です。
「批判」という訳語のせいで、相手の意見を否定したり、あら探しをしたりする思考だと思われがちですが、実際はかなり違います。批判的思考を研究してきた認知心理学者の楠見孝は、大切なのは2つだと説明しています。1つは、相手の話をよく聞いて、証拠や論理を正しく読み取ること。もう1つは、自分の考えに誤りや偏りがないかを振り返ることです。相手の話を聞かずに揚げ足を取るのは、むしろ正反対の行為だとしています。
自分の考えにも向けるという点は、ビジネス向けの解説では抜け落ちがちです。人には、信じたい結論に合う情報ばかり集めてしまう傾向(確証バイアス)があります。そのため、他人の意見より自分の結論のほうが、どうしても点検が甘くなります。自分の考えに自信があるときこそ、一度立ち止まって根拠を見直してみてください。
ロジカルシンキングとの違い
ロジカルシンキング(論理的思考)は、情報を整理して、筋の通った結論を組み立てる考え方です。クリティカルシンキングは、その筋道に加えて、出発点になった情報や前提が正しいかまで確かめます。筋道がきれいでも、前提が間違っていれば結論も間違います。実際の仕事では、この2つを行き来しながら使うことになります。
| ロジカルシンキング | クリティカルシンキング | |
|---|---|---|
| 主な目的 | 考えを整理し、筋の通った結論を組み立てる | 情報や結論が信じるに足るかを確かめる |
| よく使う問い | 漏れや重複はないか、結論と理由はつながっているか | 根拠は確かか、前提は正しいか、ほかの説明はないか |
| 使う場面 | 企画書や報告の構成、問題の分解 | データや意見を受け取ったとき、結論を出す直前 |
| 欠けたときの失敗 | 話がまとまらず相手に伝わらない | 筋は通っているが、誤った前提のまま結論を出す |
使い分けに迷ったら、ロジカルシンキングで組み立て、クリティカルシンキングで点検する、という順番で考えると整理しやすいでしょう。
クリティカルシンキングの4つの手順
批判的思考の研究では、考える流れを「情報の明確化」「推論の土台の検討」「推論」「行動の決定」の4段階に分けて説明しています。これを自分への問いかけとして使いやすい形に直すと、次の4つの手順になります。
主張と根拠を分ける → 根拠の確かさを確かめる → 結論までのつながりを確かめる → 判断と次の行動を決める
職場でありがちな次の提案を例に、順番に見ていきます(数値は説明用の例です)。
新しいWeb広告を始めた先月、問い合わせが前月より30%増えた。広告には効果があるので、予算を倍にして続けるべきだ。
主張と根拠を分ける
最初に、何が結論で、何がその理由になっているかを切り分けます。例の提案では、結論が「広告予算を倍にして続ける」、根拠が「広告を始めた月に問い合わせが30%増えた」です。
このとき、言葉の意味も確認しておきます。「問い合わせ」が電話とメールだけなのか、見込みの薄い資料請求まで含むのかで、30%増の重みはまったく違ってきます。
根拠の確かさを確かめる
次に、根拠そのものが信頼できるかを確かめます。見るのは、数字や事実が正確か、どこから出た情報か、何と比べた数字か、の3点です。
例では「前月比」で比べています。もし前月がたまたま少なかったなら、30%増えても不思議ではありません。前年の同じ月や、過去半年の平均とも比べてみます。
件数そのものも見ておきましょう。問い合わせが月20件ほどなら、30%増はわずか6件の差です。この程度なら、広告がなくても月ごとに普通に上下する範囲かもしれません。
出どころも確認します。自社の集計や公的な統計、論文そのものなら一次情報です。誰かがまとめた記事や資料しかないときは、元の数字までたどれるかを確かめます。
結論までのつながりを確かめる
根拠が正しくても、そこから結論まで一直線につながるとは限りません。ここでは、主張の裏に隠れている前提を言葉にして、ほかの説明がないかを探します。
例の提案には、2つの前提が隠れています。「問い合わせが増えたのは広告のおかげ」と「予算を倍にすれば効果も増える」です。
1つ目については、同じ時期にほかの変化がなかったかを確認します。繁忙期に入った、価格を見直した、競合が撤退した、営業担当が増えた、といったことです。最初に思いついた原因で止めずに、ほかの可能性を並べてみるのがこつです。時期が重なっただけでは、広告が原因とは言い切れません。
2つ目については、広告費を倍にすれば効果も倍になるという根拠が、どこにも示されていません。
判断と次の行動を決める
疑問を並べて終わりにせず、最後は結論を出します。そのために、今の根拠で何が言えて、何がまだ言えないかを整理します。
例でいえば、「広告に効果がある可能性はある。ただ、今の根拠で予算を倍にするのは早い」というのが妥当なところです。次の行動としては、「同じ予算であと1〜2か月続け、広告経由の問い合わせを数えられるようにしてから増額を考える」と提案できます。
根拠が足りないときは、「何が分かれば決められるか」を相手に返します。却下するよりも、提案した人と一緒に次の手を考えやすくなります。
疑う深さの決め方
目にする情報すべてに4つの手順を使っていたら、時間がいくらあっても足りません。どこまで考えるかは、間違えたときの影響の大きさと、あとからやり直せるかどうかで決めるのが現実的です。
| 判断の重さ | 例 | 検討の深さ |
|---|---|---|
| 軽い・すぐやり直せる | 昼食の店、数千円の日用品、社内チャットへの返信 | 直感で決めてよい |
| 中程度 | 会議での提案、数万円の買い物、業務手順の変更 | 「根拠は何か」「ほかの説明はないか」の2つを確認する |
| 重い・やり直しにくい | 転職、住まい、契約、医療、大きな投資、人事評価 | 4つの手順をすべて行い、一次情報や第三者の意見も確認する |
疑いすぎにも問題があります。決めなければいけない場面で根拠の不足ばかり指摘していると、判断が先延ばしになり、機会を逃しかねません。重い判断のときは、「この点が確認できたら決める」という終わりの条件を、検討を始める前に決めておきます。
ニュースや生成AIの回答に使うとき
健康や統計のニュースを読むときは、手順3の「ほかの説明」がとくに役立ちます。たとえば「ある飲み物を毎日飲む人は病気になりにくい」という調査があったとします。でも、その飲み物を毎日飲むような人は、もともと健康に気をつけている人かもしれません。飲む人と飲まない人を比べただけの調査では、関係があることまでは分かっても、飲み物が病気を防いでいるとまでは言えません。
生成AIの回答は文章が整っているので、つい根拠を確かめずに受け入れてしまいがちです。ただ、数字や日付、制度、固有名詞には誤りが混じることがあります。全部を調べ直すのは大変なので、判断を左右する数字や事実だけを、公式サイトや元の資料で確かめます。
相手の意見に使うとき
人の提案に疑問をぶつけるとき、「それは違うのでは」と否定の形で言うと、話の中身より言い方のほうが問題になりがちです。まずは「〜ということですね」と相手の主張を言い直して、理解がずれていないかを確かめます。そのうえで、「前年の同じ月と比べるとどうですか」「ほかに増えた理由は考えられますか」と、質問の形で聞いてみてください。
身につけるための練習方法
クリティカルシンキングは、練習で伸ばせる力です。授業や研修の効果を調べた多くの研究をまとめて分析したAbramiら(2015年)の研究では、平均すると効果は小さいものの、教えることで力が伸びることが確認されています。
とくに効果が見られたのは、議論や対話の機会がある学び方、実際の問題や具体的な例を扱う学び方、経験のある人に指導してもらう学び方でした。これらを組み合わせると、効果はさらに大きくなっています。
日常に取り入れるなら、次のような方法があります。どれも、実際の判断や人との対話を練習の場にするものです。
- 判断の前に2つの問いだけ使う:仕事のメールやニュースを読むとき、「根拠は何か」「ほかの説明はないか」を1日1回だけ意識します。4つの手順を毎回すべてやろうとすると続きません。
- 判断メモをつける:ある程度大事な判断をしたら、結論と根拠、自信の度合い(何割くらい当たっていると思うか)を1〜2行で書いておきます。結果が出たあとに見返すと、自分がどんな根拠で判断を外しやすいかが見えてきます。
- 反対の立場で書いてみる:自分が賛成している意見について、反対する人のいちばん強い理由を3行で書きます。うまく書けないときは、反対側の言い分をまだよく知らないのかもしれません。
- 人に説明して質問してもらう:自分の結論を同僚や友人に説明して、根拠の弱いところを指摘してもらいます。
定義を示したエニスも、批判的思考には能力だけでは足りず、結論を急がない、証拠を大事にするといった態度が欠かせないとしています。