いじめは、大人たちが何十年も向き合ってきたにもかかわらず、いまだになくなりません。文部科学省の令和6年度調査では、いじめの認知件数は 76万9,022件 と過去最多を更新し続けています。
なぜ、これほどまでにいじめは根深いのでしょうか。その本質を一言で言えば 「力の不均衡」 です。反撃できない相手が繰り返し狙われる、この非対称性こそがいじめを成り立たせています。この記事では、なぜ人類はいじめを繰り返してしまうのかという根源にまで踏み込みます。手がかりにするのは、心理学の定義、海外との比較、進化の視点、そして誰もが知る『ドラえもん』の登場人物たちです。
学校・家庭・SNSといった具体的な原因を要因別に整理して知りたい方は、別記事のいじめの原因をあわせてお読みください。この記事は、その一歩奥にある「そもそもなぜ人はいじめるのか」を掘り下げます。
そもそもいじめとは何か
本質を語る前に、まずいじめの正体を整理しておきましょう。実はいじめには、性格の異なる2つの定義があります。
法律の定義は「本人が苦しければいじめ」
いじめ防止対策推進法(2013年施行)は、いじめを「一定の人的関係にある者から心理的・物理的な影響を与える行為を受け、心身の苦痛を感じているもの」と定義しています。基準になるのは、被害者が苦痛を感じているかどうかです。回数や加害者の意図は、法律上は必ずしも決定打ではありません。一度きりでも、相手に悪気がなくても、本人が苦しければいじめとして扱う。これは大人が勝手に「そのくらい大丈夫」と判断して見逃すことを防ぐ、被害者を守るための定義です。
学術の定義は「3つの要件」
一方、国際的な研究で広く参照されているのが、ノルウェーの心理学者ダン・オルヴェウスによる定義です。彼はいじめを、加害の意図があること、繰り返し継続的に行われること、そして力の不均衡があることという3つの要件で捉えました。
このうち、いじめの本質を最も鋭く突いているのが力の不均衡です。対等な者同士のぶつかり合いはケンカですが、反撃できない相手を繰り返し攻撃するのがいじめ。つまりいじめの核心は、暴力の内容そのものではなく、力関係の非対称性にあるのです。
ドラえもんで見えるいじめの構造
この力の不均衡を、誰もが知る例で直感的に捉えてみましょう。『ドラえもん』の登場人物ほど、いじめの構造をわかりやすく見せてくれる例はありません。
ジャイアンは腕力という力を背景に、のび太を殴ったり、物を取り上げたりします。力による直接的な支配です。スネ夫は腕力ではなく、お金や情報や言葉の巧みさを武器に、のび太を仲間はずれにしたり陰で言いふらしたりします。力の種類は違っても、どちらものび太が反撃できないという一点で共通しています。ここに、いじめの核心である力の不均衡があります。
そして見逃せないのが周りのクラスメイトです。ジャイアンがのび太をいじめるとき、笑って見ている子は加害を後押しする観衆になり、見て見ぬふりをする子は傍観者になります。社会学者の森田洋司が提唱したいじめの四層構造とは、いじめが加害者と被害者だけでなく、それをはやし立てる観衆と、見て見ぬふりをする傍観者を含む関係として成り立っているという考え方です。まさにこの空き地の光景に凝縮されています。のび太が反撃できないのは、ジャイアンが強いからだけでなく、誰も止めないからでもあるのです。
図で整理すると、いじめは加害者と被害者という二者の関係ではなく、その周囲を含む四者の関係として成立しています。
いじめを成り立たせる2つの仕組み
- 力の不均衡:反撃できない相手が繰り返し狙われる非対称な関係
- 四層構造:加害者・被害者に加え、観衆と傍観者が加害を強めも止めもする
のび太には、ドラえもんという「力の不均衡を覆せる味方」がいます。道具で形勢が逆転する痛快さの裏には、頼れる存在が一人いるだけで力の不均衡は覆せるという、いじめ理解の核心が隠れているとも読めます。
海外のいじめと日本のいじめの違い
いじめは日本だけの現象ではありません。オルヴェウスの3要件は国際的な共通言語であり、力の不均衡を伴う反復的な加害という理解は世界共通です。ただし、その現れ方には文化差があります。
英語圏のbullyingは、身体的で直接的な支配のイメージが比較的強く、加害者と被害者が別のクラスや学年にまたがることもあります。いわばジャイアン型です。対して日本のいじめは、同じクラスや仲間集団の中で、無視・仲間はずれ・シカトといった関係性を使った攻撃が中心になりやすく、スネ夫型に近いと言えます。みんなと同じであることが重んじられ、集団からの排除が強い制裁力を持つ社会では、いじめは異質な者を締め出す形をとりやすい。四層構造という日本発の理論が集団ぐるみのいじめをうまく説明できたのは、偶然ではないのです。骨格は普遍的でも、身体的支配として現れるか、関係的排除として現れるかは、文化が形づくります。
いじめの根源はホモ・サピエンスの本質にある
ここからがこの記事の核心です。いじめを壊れた発達や病理として見る従来の常識に、真っ向から挑む研究があります。
いじめは進化的に残った戦略の一つかもしれない
カナダの進化心理学者トニー・ヴォークらは、思春期のいじめは進化的な適応なのかという挑発的な問いを立てました。2012年の論文と2022年の10年レビューを通じて、彼らはいじめが発達の失敗や異常なのではなく、一定の見返りをもたらすために進化した適応的な戦略の一つかもしれないと論じています。
鍵になるのは、やはり力の不均衡です。人間を含む群れをつくる霊長類は、ほぼ例外なく優劣の順位を持ちます。順位が高い個体ほど、食料や仲間や安全といった資源に有利にアクセスできる。いじめは、この順位を確立し、誇示するための低コストな手段として機能しうるのです。
いじめっ子は「孤立した問題児」とは限らないという不都合な事実
この見方が衝撃的なのは、通説を覆すからです。いじめる子どもは、孤立した問題児とは限らず、しばしば社会的地位が高く、人気がある傾向が報告されています。
思い出してください。ジャイアンは暴君でありながらガキ大将、つまり集団のリーダーでもあります。スネ夫は金持ちで要領がよく、うまく立ち回る。二人ともいじめによって集団内の地位を保っている。いじめ=適応不全のかわいそうな子という図式では、彼らを説明できません。加害が割に合ってしまうからこそ、いじめは時代も国も超えて、どこにでも現れるのです。
自然であることは正しいことを意味しない
ただし、絶対に誤解してはならない点があります。進化的に自然であることは、道徳的に正当であることを1ミリも意味しません。これを混同するのは自然主義の誤謬と呼ばれる典型的な誤りです。暴力も欺瞞も差別も、進化の産物として説明はできますが、だからといって許されるわけではありません。むしろヴォーク自身が強調するのは逆の含意です。いじめを未熟な子の一時的なつまずきと誤解していると対策を見誤る。頭ごなしに叱るだけでは十分ではなく、加害が本人にとって割に合わないように、集団の仕組みそのものを変える必要がある、というのです。
だからこそ希望はある
ここで、これまでの話がひとつにつながります。いじめに否定的な規範があるクラスではいじめが少なく、加害者が利益を実感するとエスカレートしやすい。この事実は、いじめの見返りである地位や注目やすっきり感を、集団のあり方によって割に合わなくできるということを示しています。
空き地でジャイアンがのび太をいじめるとき、もし周りの子が笑わず、一人でも「やめろよ」と言えば、いじめのうまみは減ります。ジャイアンにとって、いじめが地位につながらなくなるからです。
進化は私たちホモ・サピエンスに、地位を求めて弱者を攻撃しうる傾向を残しました。しかし同時に、不公正を憎み、弱者をかばい、協力し合う傾向も、同じくらい強く残しています。いじめがなくならないのは前者のせいですが、いじめをなくせるとしたら、それは後者の力です。
いじめは、進化的な根を持つからこそ根深い。けれども私たちは同じ進化の中で、それを許さない仕組みをつくる力もまた手にしています。いじめをなくす戦いとは、人間の本質のうちどちらの側に立つかを、一人ひとりが選び続けることに他なりません。
いじめでお悩みの方は、一人で抱え込まないでください。24時間子供SOSダイヤル(0120-0-78310)、子どもの人権110番(0120-007-110)などの相談窓口があります。
参考文献
- いじめの認知件数(76万9,022件・過去最多)の出典。文部科学省「令和6年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」(2025年)
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1422178_00006.htm - いじめの定義および四層構造(観衆・傍観者)に関する出典。法務省「『いじめ』をなくすために」
https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken04_00155.html - いじめの進化的適応仮説の出典。Volk, A. A., Camilleri, J. A., Dane, A. V., & Marini, Z. A. (2012)「Is Adolescent Bullying an Evolutionary Adaptation?」Aggressive Behavior
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22331629/
